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浦和地方裁判所 昭和59年(行ウ)4号 判決

《住所省略》

原告 浅野和子

〈ほか八名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 高原誠

右訴訟復代理人弁護士 木ノ内建造

《住所省略》

被告 山田三郎

右訴訟代理人弁護士 岸厳

同 笠井浩二

同 細田初男

同 小林和恵

同 宮澤洋夫

同 村井勝美

同 中山福二

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(請求の趣旨)

1 被告は、富士見市に対し、金一七六三万九五一六円及びこれに対する昭和五八年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  被告

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案に対する答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告らは、いずれも肩書住所地に居住する富士見市(以下「市」という。)の住民であり、被告は、昭和四七年八月より本件口頭弁論終結時である同六二年一一月二日現在まで同市の市長の職にあった者である。

2  被告の財務会計行為

(一) 被告は、昭和五八年一月から同年一〇月までの間に、市の管理職を除く一般職職員について、全員一律に昇給期間を三ケ月繰り上げて昇給の発令をし(以下「本件昇給」という。)、これに基づく給与の支給について、市職員課長からの文書による伺いに対し承認の決裁をするなどの財務会計上の支出負担行為を行った。

(二) 右(一)の行為がいずれも財務会計上の支出負担行為に当たらないとしても、右(一)の行為があれば市は他に所定の事由のない限り当然に昇給分についての給与の支出義務を負担することになるものであるから、被告は右(一)の行為により、専決権を有する職員課長の給与支給に関する専決権行使に、現実に又は実質的に関与したものとして、自ら財務会計行為を行った場合と同様の責任を負うべきである。

(三) 仮に、被告が本件昇給にかかる給与の支給に直接関与しなかったとしても、市長たる被告は、その権限に属する職員に対する給与の支給に関する事務を委任している職員課長に対し、当該事務が適正に執行されるよう当該吏員を監督すべき権限があるのであるから右監督権限に基づいて、職員課長が法律及び条例上根拠のない給与の支給を行わないよう適切な措置をとるべきであり、これを怠った被告は、自ら財務会計行為を行った場合と同様の責任を負うべきである。

3  被告の財務会計行為の違法性

(一) 本件昇給は、条例の根拠なく実施されたものである。これは普通地方公共団体がその職員に対して支給する給与その他の給付は、法律に直接根拠を有するか、又は条例によって支給する場合に限るとする給与条例主義(地方自治法(以下「地自法」という。)二〇四条・同条の二、地方公務員法(以下「地公法」という。)二四条六項・二五条)に違反する。

(二) また、本件昇給は、昭和五七年四月一日以降の定期昇給期間を一律一二ケ月延伸することを定めた給与条例附則四項の規定に違反する。

4  被告の故意・過失

被告は、右2の財務会計行為を行うに当たり、それが前記法律及び条例に違反する違法なものであることを十分認識していたか、あるいは重大な過失によりこれを認識していなかった。

5  損害

市は、一般職職員に対し、昭和五八年一月から同年一〇月までの間に前記のとおり三ケ月繰り上げられた本件昇給による分の給与として、一七六三万九五一六円を支払い(以下「本件支出」という。)、これによって同額の損害を被った。

6  住民監査請求

原告らは、昭和五八年一一月一五日、地自法二四二条一項に基づいて、右損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを求める住民監査請求をしたところ、市監査委員高野政春は、昭和五九年一月一四日付で原告らに対し、市長の行為は「初任給・昇格・昇給等の基準に関する規則」(昭和五三年四月一日規則第六号、以下「給与規則」という。)四三条に基づいてなされたものであり、また昭和五九年一月から一般職職員の昇給を三ケ月延伸する措置をとっているため違法・不当な公金の支出に当たらないので、市長に対し必要な措置を求める必要はない旨を通知した。

よって、原告らは、被告に対し、地自法二四二条の二第一項四号の規定による損害賠償請求権に基づき、市に代位して、金一七六三万九五一六円及びこれに対する本件支出の最終支出日後である昭和五八年一一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  被告は、本件住民訴訟の対象となる財務会計行為を行った者に当たらないから、本訴につき被告適格を有しない。

(一) 本件昇給発令行為は、職員の任命と同様人事上の行為にすぎず、これがなされたからといって直ちに給与が支出されるわけではなく、支出の原因となる支出負担行為があって初めて支出命令が出され、狭義の支出がなされるのであって、支出負担行為以下の行為か昇給発令行為の履行たる性格を有するものでもない。

地自法は、職員の任命、昇給発令等人事上の行為と財務会計上の行為とを区別しており、このことは、予算を計画的かつ適正に執行するため支出負担行為を独立の制度として設け(二三二条の三)、普通地方公共団体の長の支出命令がある場合でも、出納長又は収入役に当該支出負担行為をチェックする責任を課していること(二三二条の四第二項)からも明らかである。

(二) 市における職員に対する給与の支出命令権者は職員課長であって市長ではないから、被告は、本件給与の支給に関し財務会計行為を行った者には当たらない。

すなわち、富士見市事務決裁規程(昭和五八年三月三一日訓令第二号、以下「事務決裁規程」という。)四条、別表第一、二によれば、給与に関する債務負担行為及びその支出命令については、職員課長が専決権者とされているところ、「専決」とは「市長の権限に属する事務を常時市長に代わって決裁すること」をいい(同規程二条九号)、「決裁」とは「市長の権限に属する事務について、最終的にその意思を決定することをいう」(同条八号)と定義されているから、元来市長に属する支出命令権限は、同規程により職員課長に内部委譲され、同課長が決裁権者として自らの名と責任において最終的な意思決定を行う仕組みになっているのであって、市長にはこれについて権限がなく、したがって本件支出も職員課長が支出命令を発しており、被告はこれに関与していない。

2  訴えの利益の不存在

(一) 住民監査請求及び住民訴訟の制度は、普通地方公共団体の執行機関又は職員の違法又は不当な財務会計行為等により、同団体ひいては住民全体が損失を受けることを防止するため、当該行為の予防及び事後の是正を図ることを目的として設けられたものであるから、住民訴訟は、監査請求を経てもなお当該財務会計行為等が是正されず、そのために訴訟を行う必要性と具体的実益がある場合に限り提起することが許されるものである。したがって、当該行為が事後において是正されたときは、監査請求はその目的を遂げたことになり、住民訴訟は訴えの利益を欠くものとして不適法となると解すべきである。

(二) すなわち、被告は、本件昇給後、本件昇給の対象となった六一五名の職員につき、昭和五九年度の定期昇給の時期が到来しても慣例通り昇給させずに据え置き、三ケ月後に昇給させるという方法により本件昇給を是正した(以下「是正措置」という。)ところ、これにより被告は、原告らがその監査請求において本件昇給の結果生じたと主張している市の損害を填補するのに「必要な措置」(地自法二四二条一項)を講じたものと解すべく、原告らの監査請求はその目的を遂げたものというべきであるから、本件訴訟は、住民訴訟の要件を欠く不適法なものとして却下を免れない。

三  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

1  被告適格について

市長は、給与支出命令権限の一部について、その意思決定権限を職員課長に内部委譲しているにすぎないし、本件昇給はあらかじめ条例で定められた昇給期間を短縮してなされたものであって、職員課長の受任権限を超えるものであるから、本件訴えについては、被告が財務会計行為を行った者として被告適格を有するものというべきである。

2  訴えの利益について

(一) 「富士見市一般職の職員の給与に関する条例」(昭和三一年一二月二四日条例第七号、以下「給与条例」という。)四条六項は、成績良好者を昇給させることができると規定するのみで、職員に定期昇給を求める具体的請求権を与えるものではないから、市が定期昇給を行わなかったとしても、職員が損害を受けるものではなく、したがって、是正措置があったとしても、これによって本件昇給による市の損害が回復されたとはいえない。

(二) 是正措置により本件昇給の効果が失われたとすることはできない。けだし、本件昇給の対象者と定期昇給が据え置かれた者の範囲及びそれぞれの金額が異なっているからである。本件昇給の効果が失われたといえるためには、少なくとも本件昇給の対象者と定期昇給が据え置かれた者とを一致させた上、本件昇給を受けた職員からこれによって支出した額と同額の金銭及びその間の法定利息の返還を受けなければならない。

(三) 当該行為が違法であるか否かは、行為当時それが法規範に反しているか否かにより判断されるべきであるから、仮に行為後に損害が補填されたとしても違法性は治癒されない。これは、普通地方公共団体の会計年度は毎年四月一日に始まり、翌年の三月三一日に終わるものとされ、それぞれ年度毎に独立であり、他の年度に収支を流用することは原則として認められないという会計年度独立の原則(地自法二〇八条)からも明らかである。

本件行為のうち昭和五八年一月に遡って昇給させた部分については、同五八年一月分から同年三月分の給与として同五七年度予算の各費目から支出されているから、是正措置により損害の回復がありうるとしても、それは同五八年度又は同五九年度の予算に計上されうるにすぎず、行為当時における違法性は依然として治癒されていないものというべきである。

なお、補填義務が発生するのは行為が違法な場合であるから、是正措置による補填を主張すること自体矛盾がある。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実中、被告が市の管理職と成績不良者を除く一般職職員について本件昇給の発令をしたことは認め、その余の事実は否認する。右行為が財務会計行為に該当するとの主張は争う。同(二)の主張は争う。

3  同3(一)及び(二)の主張は争う。

4  同4は争う。

5  同5のうち、支出金額は否認し、市が支出金額と同額の損害を被ったとの主張は争う。本件昇給により支出された「正規の勤務時間による勤務に対する報酬」たる給料(給与条例二条)の実額は、合計一七五三万四九五二円である。また、給与は労務の対価としての性格を有するから、市がそれに相応する労務提供を受けている限り、本件支出によって支払われた給与相当額の損害が市に発生しているとはいえない。

6  同6の事実は認める。

五  被告の主張

1  本件昇給の適法性

本件昇給は、次に述べるような事情があったので、一般職職員の全員につき、給与条例四条七項の「職員の勤務状態が特に良好である場合」に該当し、かつ、右条例の施行細則を定めた給与規則四三条の「特別な事情によりこの規則の規定によることができない場合」に当たるものとして行われたものであって、適法である。

(一) 昭和五六年一二月三日、埼玉県地方課から市宛に、自治省よりラスパイレス指数を一一五以下とするよう市が個別指導団体の指定を受けた旨の通知がなされた。

市は、ラスパイレス指数が必ずしも正確に給与水準を反映しているものとは考えておらず、国がこのような指導を一律にすることに対しては異議もあったが、昭和五七年度予算において市町村道路・河川整備・学校用地・公共施設建設等の各事業費を地方債の起債によって賄うことを予定しており、この指導に従わない場合には起債が許可されないおそれがあったため、市としてはこれに従わざるをえなかった。そこで、市は、昭和五七年一月二六日、同五七年度の全職員の昇給期間を一二ケ月延伸する旨の給与条例改正案を市議会に提出し、同日、原案通り可決された。この結果、同五八年度のラスパイレス指数は一一二・三となり、指導基準より二・七も引き下げられた。

(二) 市が昇給延伸を決定した時点では、人事院勧告による給与改定が例年通り実施されることが前提となっていたのであり、右改正案も市職員の昭和五六年の給料表改定議案(同五六年八月の人事院勧告に準じ、同年四月一日に遡って五・三三パーセントとする内容のもの)と一体をなしていた。すなわち、右昇給延伸は、人事院勧告が実施され、少なくとも物価上昇分の一部は補填されるという前提の下で決定されたものであって、すでに同五七年度予算には、人事院勧告実施に伴うベースアップ分として六八九九万七〇〇〇円が計上されていた。

(三) ところが、政府は、昭和五七年九月二四日、未曽有の財政危機等を理由として同年八月六日に出された人事院勧告に基づく給与改定を見送るとの決定(いわゆる人事院勧告凍結の決定)をなし、その示達は同年一〇月初旬に市に達した。この人事院勧告凍結が従来の慣例を無視した異常事態として多方面に重大な影響を与えたことは公知の事実であり、市議会においても、同年九月二二日に「公務員給与の凍結を解除し人事院勧告の完全実施を求める意見書」を賛成多数により採択した。

(四) このように、市においては、一二ケ月の昇給延伸措置がとられていたところに人事院勧告凍結という事態が加わったため、二年間職員の給与が据え置かれるという結果になってしまった。二重に昇給が凍結されたのは全国でも富士見市のみで、昇給延伸を決定する際、職員に対し人事院勧告による給与改定があると説明していた手前もあり、市は、健全な労使関係を維持するため早急な救済措置をとる必要に迫られた。

2  是正措置による損害の回復及び違法性の治癒

本件昇給後、昭和五九年度の定期昇給期間を三ケ月据え置いた前記是正措置は、昭和六〇年一月一日でその実施が完了した。これにより市が支出を免れた給料の合計額は一八〇六万四五二四円であり、本件昇給により支出した給料の合計額一七五三万四九五二円と比較して、五二万九五七二円の公金を節約できたことになる(この差額は、本件昇給時より右延伸時の方が昇給幅が大きいこと及び適用給料表と調整手当支給割合が異なることによる。)。

したがって、仮に市が本件昇給によって損害を受けたとしても、本件是正措置によりその損害は回復しており、また、本件昇給の違法性も治癒したものというべきである。

六  被告の主張に対する原告らの認否・反論

1  被告の主張1は争う。

(一) 給与条例四条七項は、「職員の勤務成績が特に良好である場合においては、前項の規定にかかわらず、一二月の期間を短縮し、若しくはその現に受けている号給より二号給以上上位の号給へ昇給させ、又はそのいずれをも併せ行うことができる」と規定し、「職員が現に受けている給料の号給を受けるに至ったときから一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは、その者の属する職務の等級における給料の幅の中において直近上位の号給に昇給させることができる」と規定する同条六項より厳格な要件を要求していることから、本件のように一般職職員全員を一律に昇給させることは、同条七項の解釈上成立しえない。

(二) 給与規則四三条(この規則により難い場合の措置)は、給与条例の各条項が昇給等の実施のための細則を規定しえないため、これを補充する目的で設けられたものであって、同条により条例上の原則ないし基準の大綱を変更することはできない。

(三) また、市が昭和五七年の人事院勧告の凍結に準じて給与改正を行わないと決定したことにより、先の昇給延伸措置と重なって職員の給与が二重に抑制される結果が生ずることは自明のことであって、市においては、この点を十分考慮に入れた上で、一つの政策として給与改定の凍結を選択したのであるから、これをもって給与規則四三条にいわゆる「特別の事情」があったということはできない。

2  被告の主張2も争う。

是正措置がなされたとしても、これによって本件昇給による損害が回復されたといえないことはすでに主張したとおりであり、これによって本件昇給の違法性が治癒されるものでもない。

第三証拠《省略》

理由

第一本案前の主張について

一  財務会計行為及び被告適格の有無について

1  被告は、本件給与の支出につき何ら財務会計行為を行った者に当たらないから、本件訴訟について被告適格を有しない旨主張するので、この点について検討する。

2  本件訴訟は、地自法二四二条の二第一項四号前段に基づく損害賠償の代位請求訴訟であると解されるところ、同訴訟において被告適格を有する同号前段にいう「当該職員」とは、法令上本来的に財務会計上の権限を与えられている者、及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者をいうものと解するのが相当である。

3  ところで、《証拠省略》によれば、市においては、給与に関する支出負担行為及びその支出命令は職員課長の専決事項とされており(事務決裁規程四条、別表第一、二)、事務決裁規程は、市長の権限に属する事務について「決裁処理の権限と責任の明確化及び事務処理の能率化を図ることを目的」として訓令により定められたものであり(同規程一条)、同規程上、「専決」とは「市長の権限に属する事務を常時市長に代わって決裁すること」をいい(同二条九号)、「決裁」とは「市長の権限に属する事務について、最終的にその意思を決定すること」(同条八号)をいうものとそれぞれ定義されていることが明らかである。これによれば、職員課長は、市長を補助する職員として市長の権限に属する事務について市長に代わってその意思決定をしているにすぎず、市長の有する財務会計上の権限の委任を受けているものということはできない。そして、本件において職員課長が本件給与の支出のための支出負担行為及び支出命令を行ったことは後記判示のとおりである。

したがって、本件給与に関する支出負担行為及びその支出命令を行った者が職員課長であって、被告自身ではなかったとしても、市長たる被告が本来的権限者として右各行為を行った前記「当該職員」に該当し、本訴について被告適格を有するものというべきであり、その余の点については判断するまでもなく、被告適格を争う被告の主張は理由がない。

二  訴えの利益について

被告は、本件昇給後、その発令を受けた一般職員の定期昇給を三ケ月間延伸する是正措置を講じたので、市の損害を補填するため必要な措置を講ずべきことを求める原告らの住民監査請求は目的を達したといえるから、本件訴訟は訴えの利益を欠くに至ったものである旨主張する。

しかし、地自法は、普通地方公共団体の住民は、当該普通地方公共団体の長その他の職員について、違法又は不当な公金の支出等があると認めるときは、監査委員に対し監査を求めることができるものとし(二四二条)、さらに普通地方公共団体の住民は、二四二条一項の規定による請求をした場合において監査委員の監査の結果に不服があるときには、二四二条の二の定める住民訴訟を提起することができる旨を規定しているところ、《証拠省略》によれば、原告らは、本件監査請求において、市監査委員に対し、本件昇給の違法を主張し、これに基づく給与の支出を違法として、これによって支出された給与の返還を命ずべきこと等を求めたことが明らかである。そして、右監査委員が原告らの監査請求に対し、本件支出が違法、不当な公金の支出に当たらないとして、市長に対し必要な措置を求める必要性はないものと判断する旨の監査結果を通知したことは、当事者間に争いがない。

そうすると、原告らが監査請求において求めた本件支出による公金の返還命令はなされていないのであるから、監査請求の目的を達したものということはできず、原告らには監査の結果に不服があるものとして、被告に対し本件支出による公金の返還を求めて住民訴訟を提起する利益のあることは明らかであって、被告主張の是正措置を理由として原告らの本件住民訴訟の利益がない旨の被告の主張は採用することができない。

第二本案について

一  請求原因1(当事者)及び6(住民監査請求)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(一)(本件昇給の実施及び被告の財務会計行為)のうち、被告が市の管理職及び成績不良者を除く一般職職員について、本件昇給の発令をしたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右昇給発令に基づいて、職員課長は、右各職員に対し、昭和五八年一月分から同年一二月分の給与について支出負担行為及び支出命令を行い、その結果右期間中の本件昇給による所要分の給与(当該給料表のある号給とその一号上位の号給との給料月額の差額(以下「間差額」という。)と、間差額に対して算出される調整手当及び期末・勤勉手当とを加えた合計)として、合計一七五三万四九五二円が次のとおり支払われたことが明らかである。

1  昭和五八年一月一日付昇給発令分

(給与条例附則四項・同四条六項に従った場合の昇給発令予定日(以下「昇給発令予定日」という。)

同年四月一日)

適用給料表 発令人数 所要額合計

行政職給料表3等級 四三名 一二一万九〇五〇円

同4等級 八〇名 二〇三万三二六二円

同5等級 八三名 一八九万四五三六円

同6等級 二一名 四六万一九一六円

技能労務職給料表 四七名 一一二万四九二八円

合計 二七四名 六七三万三六九二円

(昭和五七年度の給料表を適用。調整手当支給割合八パーセント。同年三月五日、期末手当〇・五ケ月分を支給)

2  昭和五八年四月一日付昇給発令分

(昇給発令予定日   同年七月一日)

適用給料表 発令人数 所要額合計

行政職給料表3等級 二三名 九四万二六九二円

同4等級 四一名 一四九万六五六五円

同5等級 二四名 八〇万三八二八円

同6等級 四名 一一万三二三〇円

技能労務職給料表 二八名 九二万八八〇三円

合計 一二〇名 四二八万五一一八円

(昭和五八年度の給料表を適用。調整手当支給割合九パーセント(以下、調整手当支給割合は同一)。同年六月四日、期末手当一・四ケ月分及び勤勉手当〇・五ケ月分を支給)

3  昭和五八年七月一日付昇給発令分

(昇給発令予定日  同年一〇月一日)

適用給料表 発令人数 所要額合計

行政職給料表3等級 八名 二〇万四七〇二円

同4等級 八一名 一八二万八二五七円

同5等級 一三名 二六万五五二四円

同6等級 四名 六万九三二四円

技能労務職給料表 二三名 四七万二一八八円

合計 一二九名 二八三万九九九五円

(昭和五八年度の給料表を適用)

4  昭和五八年一〇月一日付昇給発令分

(昇給発令予定日 同五九年一月一日)

適用給料表 発令人数 所要額合計

行政職給料表3等級 一一名 五〇万五三八二円

同4等級 三三名 一三五万三〇七四円

同5等級 一四名 五二万四五六一円

同6等級 二名 六万三五四七円

技能労務職給料表 三二名 一二二万九五八三円

合計 九二名 三六七万六一四七円

(昭和五八年度の給料表を適用。同年一二月五日、期末手当一・九ケ月分及び勤勉手当〇・六ケ月分を支給)

総合計 六一五名 一七五三万四九五二円

三  本件昇給及び財務会計行為の適否

1  地自法二〇四条三項・同条の二、地公法二四条六項・二五条一項は、普通地方公共団体の職員に対する給与については条例で定めなければならず、これに基づかずにはいかなる給与その他の給付もしてはならない旨定めている(給与条例主義)ところ、被告は、本件昇給は給与条例四条七項及び給与規則四三条に基づいて行われたものであると主張している。

しかし、給与条例四条六項が「職員が現に受けている給料の号給を受けるに至ったときから一二月(五六歳以上の年齢で市規則で定めるものを超える職員にあっては、市規則の定めるところにより、一八月又は二四月)を下らない期間を良好な成績で勤務したときは、その者の属する職務の等級における給料の幅の中において直近上位の号給に昇給させることができる」として、同項に基づく昇給(以下「普通昇給」という。)を行うことができる場合について規定しているのに対し、同条七項は「職員の勤務成績が特に良好である場合においては、前項の規定にかかわらず、一二月の期間を短縮し、若しくはその現に受けている号給より二号給以上上位の号給へ昇給させ、又はそのいずれをも併せ行うことができる」と同項によって職員を特別に昇給させることができる場合を限定していることからすれば、同条例四条七項の規定が職員の勤務成績の如何を問わず一律に昇給させることができる旨を定めたものではないことは、その文言上明白である。

また、給与規則四三条は、「特別の事情によりこの規則の規定によることができない場合又はこの規則によることが著しく不適当であると認められる場合には、別に市長の定めるところにより、又はあらかじめ市長の承認を得て、別段の取扱いをすることができる」と規定しているが、給与規則が、昇給期間の短縮について、新たに職員となった者(二六条)、昇給又は降格した職員(二七条)及び初任給基準又は給料表の適用を異にして異動した職員(二八条)について各条項が定める特別の場合に昇給期間を短縮することができるとし、昇給に関し、表彰を受けた場合等の特別昇給(三四条、三六条、三九条)、上位資格の取得等の場合の給料月額の決定(四〇条)、復職時等における給料月額の調整等(四一条)と、それぞれ具体的場合における取扱を規定していることからすれば、同規則四三条は、右各規定により難いときに、給与条例の範囲内で別段の取扱をすることを認めたものであると解されるのであって、給与規則四三条によって給与条例を逸脱した取扱をすることができると解することはできない。

2  ところで、《証拠省略》によれば、本件昇給をめぐる事実として次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 昇給延伸のための条例改正

市は、昭和五六年一二月、国家公務員の給与に対する地方公務員の給与水準を示すいわゆるラスパイレス指数が一一六・九(同年四月一日現在)となったことから、埼玉県地方課を通じ、国(自治省)から同指数を一一五以下とするよう給与引き下げの指導勧告を受けた。

被告は、国家公務員と地方公務員とでは、学歴の差が激しく職務内容も異なるので、右指数が給与基準を示すものとして適当ではないと考えていたが、当時、市は、学校建設・下水道・道路・公園等の事業のため同五七年度に約二〇億円の起債を予定しており、国の指導に従わない場合にはその制限を受けるおそれがあったため、被告は、市長として職員組合と交渉、説得の上、右指導に従うため、初任給の二号俸引き下げ及び期末勤勉手当の〇・一ケ月引き下げを行うと共に昇給の期間を一律一二ケ月延伸することとした。

そこで、被告は、同五七年一月二六日、右延伸措置を行うための給与条例改正案(議案第六号)を市議会に提出し、同日、同改正案は可決された(同年二月一日条例第六号)。

これにより、給与条例中に「昭和五七年三月三一日において、別表に掲げられている号給を受けていた職員にあっては、昭和五七年四月一日以降における最初の昇給規定の適用については、昇給規定に定める期間に一二月を加えた期間をもって昇給規定に定める期間とする」旨の規定が設けられ(同条例附則四項)、同条例四条六項の規定による普通昇給の期間が経過しても、右規定による昇給はさせることなくさらに一二ケ月従前の号給のまま据え置くいわゆる昇給延伸の措置がとられることになった。

この措置により、同五七年度の市のラスパイレス指数は一一五・〇に、同五八年度の同指数は一一二・四になった。

(二) 本件昇給の発令

(1) 国家公務員については、例年八月に人事院から政府に対し給与改定のための勧告がなされ、政府もこれを尊重して勧告通り給与の改定を実施し、また、各地方自治体においても例年ほぼこれに準じて給与の改定措置をとってきた。

人事院は、昭和五七年八月六日、政府に対し、国家公務員の給与を同年四月一日に遡り、平均四・五八パーセント引上げることを内容とする勧告をしたが、政府は、公務員の給与の取扱について、「未曽有の危機的な財政事情の下において、国民的課題である行財政改革を担う公務員が率先してこれに協力する姿勢を示す必要があることにかんがみ、また、官民給与の較差が一〇〇分の五未満であること等を総合的に勘案して、その改定を見送るものとする」旨の閣議決定をし、地方公務員の給与に関しても国家公務員に準じた措置を講ずべきであるとして、自治事務次官の同年九月二四日付文書により、各都道府県知事及び各指定都市市長に対し、国の措置に準じて対処するよう通知した。そして、同趣旨の示達は、同年一〇月、埼玉県知事から市に対してなされた。

(2) 市は、例年通り人事院による勧告があることを予定し、これに対応して市職員の給与を改定するため、昭和五七年三月成立の同年度予算中にその給料分として六八九九万七〇〇〇円を計上していた。しかし、国の指導に反した行為を取れば、地方交付税の削減や起債制限等、国の対抗措置が予想され、そのため市の施策の推進が妨げられることから、被告は、やむをえず職員の給与改定を見送ることを決断し、同五八年三月、その旨の決定をした。

(3) 市職員は、先の昇給延伸措置により、通常通り普通昇給が実施された場合に比して一人当たり平均月額七〇六八円(平均給料月額六五四五円と八パーセントの調整手当五二三円との合計額)の減収になっていたが、右の給与改定見送りにより、人事院勧告に対応した給与改定が実施された場合に比してさらに一人平均月額一万〇七一五円、合計月額一万七七八三円の減収となった。普通昇給の延伸を行うについては給与改定の実施が前提であったにもかかわらず、その改定が見送られたため、職員の市当局に対する風当たりが強くなると共に、労使間の信頼関係が著しく損なわれるおそれが生じてきた。

そこで、被告は、収入役、教育長、参事、各部長、職員課長及び秘書室長で構成される幹部会議を開き、職員の経済的救済措置を検討するよう指示した。その結果、給与条例四条七項及び給与規則四三条に基づき特別昇給させることができるとの報告が職員課長、参事からなされたことから、被告は、昭和五八年三月三〇日、右条項により、同年三月三一日に在職する、管理職、給与規則三五条及び富士見市職員退職勧奨実施要綱七条に定める職員を除く職員について、給与条例により延伸された昇給期間を三ケ月短縮する方法により特別昇給を行う旨の決定をし、その後前記のとおり本件昇給の発令をした(被告が管理職及び成績不良者を除く一般職職員について本件昇給を発令したことは、当事者間に争いがない。)。

3  しかし、これらの事実は、いずれも職員の勤務成績に関係のあるものではなく、給与条例四条七項に定める「職員の勤務成績が得に良好である場合」に該当すると認めることはできない上、給与規則四三条に定める「特別の事情」に該当するともいえず、他に「職員の勤務成績が得に良好である場合」に該当する事実があったとか、本件昇給につき右「特別の事情」があったことについては本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

そして、前記のような本件昇給の発令に至る経緯と全員一律に行われたその実態に照らせば、本件昇給の実質は、被告が主張する特別昇給には当たらず、いわゆる普通昇給に該当するものというべきである。

そうすると、被告の本件昇給の発令行為は、普通昇給について一律一二ケ月延伸を定めた同条例四条六項、附則四項に違反するといわなければならず、他に条例上右昇給の発令を適法とする根拠規定を見出すことができないので、右昇給の発令は条例に規定のない違法なものといわなければならない。したがって、これを直接の原因とする本件給与の支出に関する支出負担行為及び給与の支払もまた違法なものといわなければならない。

四  違法性の治癒

1  被告は、本件昇給後に行った是正措置によりその違法性は治癒した旨主張するので、以下この点について検討する。

2  《証拠省略》によれば、本件昇給後の措置について以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件昇給の実施後の昭和五八年一一月一五日、原告らから、本件昇給について違法な公金支出の返還を求める住民監査請求がなされ(この事実については、当事者間に争いがない。)、また市議会からは給与規則四三条に関し問題が提起されたことから、被告は、県地方課と協議するなどした結果、本件昇給前の状態に戻すことが最良と考え、普通昇給の延伸を定めた給与条例附則四項に基づいて、再び昇給期間を延伸することを決定した。

職員課長は、この決定を受けて、本件昇給の対象となった一般職職員六一五名について、同五九年一月一日、同年四月一日、同年七月一日及び同年一〇月一日にそれぞれ予定されていた普通昇給を三ケ月延伸する措置をとった(是正措置)。

(二) この結果、市は、次のとおり右延伸措置を講ずることなく普通昇給を実施した場合と比較して、合計一八〇六万四五二四円(間差額と、間差額に対して算出される調整手当及び期末・勤勉手当とを合計した金額)が不要額として算出されることになった。

(1) 昭和五九年四月一日付昇給発令分

(前記二1の昇給後の普通昇給発令予定日

同年一月一日)

適用給料表 発令人数 不要額合計

行政職給料表3等級 五二名 一五一万七六二一円

同4等級 九〇名 二三四万三九六一円

同5等級 七四名 一七六万九八〇六円

同6等級 一〇名 二一万七四五五円

技能労務職給料表 四七名 一一七万二七四一円

合計 二七三名 七〇二万一五八四円

(昭和五八年度の給料表を適用。是正措置により、同五九年三月五日支給の期末手当〇・五ケ月分の相当額が不要)

(2) 昭和五九年七月一日付昇給発令分

(前記二2の昇給後の普通昇給発令予定日

同年四月一日)

適用給料表 発令人数 不要額合計

行政職給料表3等級 二七名 一一四万二九八〇円

同4等級 三八名 一四一万四三〇八円

同5等級 二五名 八六万四七一九円

同6等級 一名 三万五七八五円

技能労務職給料表 二七名 九一万一一八一円

合計 一一八名 四三六万八九七三円

(昭和五九年度の給料表を適用。是正措置により、同年六月五日支給の期末手当一・四ケ月分及び勤勉手当〇・四ケ月分の各相当額が不要)

(3) 昭和五九年一〇月一日付昇給発令分

(前記二3の昇給後の普通昇給発令予定日

同年七月一日)

適用給料表 発令人数 不要額合計

行政職給料表3等級 一一名 二八万五七九八円

同4等級 七九名 一八〇万一一一六円

同5等級 一五名 三一万〇九七七円

同6等級 三名 四万九〇五〇円

技能労務職給料表 二三名 四七万四一五〇円

合計 一三一名 二九二万一〇九一円

(昭和五九年度の給料表を適用)

(4) 昭和六〇年一月一日付昇給発令分

(前記二4の昇給後の普通昇給発令予定日

同五九年一〇月一日)

適用給料表 発令人数 不要額合計

行政職給料表3等級 一一名 五二万〇九六三円

同4等級 三三名 一三六万三八六二円

同5等級 一五名 五七万九七一六円

同6等級 一名 四万〇一六七円

技能労務職給料表 三三名 一二四万八一六八円

合計 九三名 三七五万二八七六円

(昭和五九年度の給料表を適用。是正措置により、同年一二月五日支給の期末手当一・九ケ月分及び勤勉手当〇・六ケ月分の各相当額が不要)

総合計 六一五名 一八〇六万四五二四円

(三) ここで、右の是正措置実施後の各月別昇給発令人数と前記本件昇給による普通昇給の各月別発令人数との間に差があるのは、本件昇給から是正措置までの間に育児休暇を取り、昇給が三ケ月間遅れた者が三名いたこと(昭和五九年四月一日から同年七月一日に遅れた者一名、同年七月一日から同年一〇月一日に遅れた者二名)、及び最高号給(技能労務職給三八号)に達したため、給与条例四条八項により昇給が六ケ月間(昭和五九年七月一日から同六〇年一月一日)遅れた者が一名いたことによる。

この是正措置により、本件昇給のために支出した額と比較し、合計で五二万九五七二円の差額が生じることとなった。これは、間差額は、概ね一定の号給まで増加しその後は減少する傾向にあるところ、間差額が増加傾向を示す位置にある号給に多くの市職員が配置されていること、調整手当支給割合に差があること(昭和五八年一月一日昇給発令の対象者のみ八パーセント)及び給料表の改正により、適用給料表の新しいものほど間差額が大きいことによるためである。

3  前記三2のような本件昇給をめぐる事実とその後被告が是正措置をとるに至った右四2(一)ないし(三)の事実によれば、被告は、本件昇給についてその発令のときに遡ってこれを取り消すことは著しく相当でないものと判断し、ただ将来に向かってのみ是正をはかることとして、右のような昇給の延伸措置をとったものと認められる。

4(一)  ところで、一般職の職員の給与等に関する法律(以下「給与法」という。)二〇条(俸給の更正決定)は「人事院は、各庁の長又はその委任を受けた者が決定した職員の俸給が第六条の規定に合致しないと認めたときは、その俸給を更正し又はその俸給の更正を命ずることができる」と規定しており、また、人事院規則九―八(初任給、昇格、昇給等の基準)四五条(俸給の訂正)は、「職員の俸給の決定に誤りがあり、各庁の長又はその委任を受けた者がこれを訂正しようとする場合において、あらかじめ人事院の承認を得たときは、その訂正(昇給期間の短縮を含む。)を将来に向かって行うことができる」と規定している。

右給与法の規定は、各庁の長又はその委任を受けた者が決定した職員の俸給について、人事院が自らそれを更正し、又はその更正を命ずることができる旨を定めた規定であるところ、ここに「俸給の更正をする」とは、当該最初の誤りのある俸給及びそれを基礎に積み重ねられた俸給の決定のすべてを更正するのか、あるいはある時点以降の俸給のみについて更正するのか文言上は明白でないが、個々の事案に即して人事院が必要と認める限度においてその更正をなし得るものと解され、「俸給の更正を命ずる」こともできることが定められたのは、俸給の決定という事柄の特殊性、すなわち、俸給の決定をするには職員の職務の内容その他考慮すべき条件がいくつかあるため、たとえ更正の場合であっても、人事院が自ら一義的に決定するよりも、各庁の長又はその委任を受けた者をして決定させることとした方が実情に沿い適切である場合があるからであると解される。

また、右人事院規則の規定は、国家公務員の俸給についてその決定に誤りがあった場合に、過去の状態はそのままにして将来に向かってその職員の俸給を訂正することができることを認めた規定であるが、これは過去の俸給の決定に誤りがあるからという理由でその取消しをすることは、その性質上給与に関する秩序をいたずらに混乱させ、ひいては職員に不安の念を抱かせることになるので、これを避けるため一種の調整としてその効果を将来に向かってのみ及ぼすこととしたものと解される。

右の各規定は国家公務員の俸給に関する規定であって、市の給与条例には同様の規定は見当たらないが、給与の性質上過去に遡ってその決定を取り消すことは相当でなく、将来に向かってのみ効果を及ぼす更正又は訂正あるいはこれと類似の方法による是正方法をとることを相当とする場合のあることは、市の職員の給与の場合についても同様であると考えられる。したがって、この点に関する明文の規定を欠く市の給与条例は、給与の決定に誤りがあった場合には、国家公務員の給与に関する右各規定に準じた合理的な是正方法がとられるべきものとする趣旨であると解される。そして、給与条例四条六項は、いわゆる普通昇給に関し前記のとおり、「職員が現に受けている給料の号給を受けるに至ったときから一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは、その者の属する職務の等級における給料の幅の中において直近上位の号給に昇給させることができる」旨規定しているが、相当の事由があるときは、市長はその裁量により右の昇給の時期を延伸することができるものと解される。

そこで、本件給与条例の下においては、本件のように昇給の発令が条例に違反して違法であるためこれに基づく給与の支給が違法である場合であっても、昇給の発令及び給与の支給決定を発令及び決定の時に遡って取り消すことができないか又は著しく適当でないと認められるときは、これを是正するために、市長は、従前にした昇給の発令はそのままにして、ただ次に昇給させることができるいわゆる普通昇給の時期に昇給の発令をせず、一定期間後に改めて昇給させるといういわゆる昇給延伸の措置をとることができ、そして違法な昇給の発令があった場合に、その後合理的な期間内に右昇給延伸の措置がとられて、これによって支払われなかった給与の額が違法な昇給によって支払われた給与分相当額以上に達し、市の財政上その給与の支給がなされなかったと同等以上の状態に是正されたときは、条例に違反した昇給の違法ひいてはこれに基づく給与の支出負担行為の違法も治癒されるものと解するのが相当である。

(二) 本件において、被告が、本件昇給についてその発令の時に遡ってこれを取り消すことは著しく相当でないものと判断し、これを将来に向かってのみ是正を図ることとして、本件昇給の対象となった職員につき、合理的な期間内と認められる昭和五九年一月からの各普通昇給期に昇給させず、三ケ月間延伸の措置をとり、これによって支払われなかった給与の額が前記違法な昇給に基づいて支払われた給与分相当額以上に達していることは前示のとおりである。したがって、本件昇給の違法ひいてはこれに基づく給与の支出負担行為の違法は、右昇給延伸の是正措置によって治癒されたものと解するのが相当である。

第三結論

以上のとおりであるから、本件昇給の違法及びこれに続く被告の財務会計行為の違法を前提とする原告らの本訴請求は、その余の点については判断するまでもなく、理由がないというべきである。よって、原告らの請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 松井賢徳 裁判官 石川恭司)

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